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「じいやのバカ────ッ!!」


 空が青々と澄みわたった朝の景観をこっぱみじんにぶち壊す、罵声(ばせい)

 驚くなかれ。

 それが発せられたのは、由緒(ゆいしょ)正しいクレツェント王家が住まう(みやび)やかな宮殿からだった。気品のカケラもない声の主が、あの(・・) “空色(そらいろ)(ひめ)” だと知ったら民はどんな顔をするだろう。

「ティアニス様。一国の王女ともあろうお方が、そのような言葉遣いをなさってはいけません」

 私の剣幕に渋い顔で答える、黒服の老紳士ダリウス。

 白髪に白ヒゲのおじいちゃんだけど、背筋はピンとまっすぐ伸びていて、年のわりに肩幅のある(いか)つい体格。周りにいくら隠居を奨められても「死ぬまで現役」と言いはって身体を(きた)えつづけているらしい。

 そんな、元気のありあまったおじいちゃんだ。

「じいや、私の剣かえして!」

 渋顔のダリウスに負けないくらいの迫力で言い放つ。

「うぉっほん! 王女には必要ございません。あんな物にかまけている(ひま)があれば、帝王学(ていおうがく)のお勉強をなさいませ」

「必要よ! イマドキ王女だって自分の身ぐらい(まも)れないと!!」

 にぎり(こぶし)を作って声を張りあげた。
 世間の物騒(ぶっそう)な話は王宮にもよく届く。ついこの間も、とある貴族が魔族(まぞく)に殺されたばかりだ。

 “魔族(まぞく)(のろ)われし王国(おうこく)” ──このクレツェントはそう呼ばれている。