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 それは、まだシュヴァルツ家が離宮ではなくクレツェント王宮でいっしょに暮らしていたときのこと。

 ある日、心ない大臣の一人がエリーゼのことをこう言った。

「政略結婚にも使えない姫」

 ──ひどいっ!

 当時の私も幼かったけれど、王族の結婚が契約であることはなんとなくわかっていた。わかっていたけれど……まだ小さいエリーゼに聞こえるように言わなくてもいいじゃない!!

 だけど。

 エリーゼは、とても賢い子だった。

 政略結婚の意味も、大臣の言葉も、ちゃんと理解していた。すべてを理解したうえで、大臣に食ってかかろうとした私を小さな手でそっと制して

「じゃあ、わたくしは政略結婚の道具にされる心配はないのね」

 ……静かに、ほほ笑んだ。

 10にも満たない幼女だとは信じられないくらいの大人びた笑みに、大臣も私も言葉を失くした。

 ──なんて……強い子だろう。

 エリーゼは生まれたときから体に障碍(しょうがい)をかかえていた。それが“闇色の姫”と呼ばれるようになった原因でもあるのだけれど。

 たったそれだけ。

 たったそれだけのことで周りから奇異の目で見られ、王族として、人間として、欠陥品のようにあつかわれていた。

 シュヴァルツ家が離宮に移ったのは、それから間もなくのことだった。