Lute side
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「なんなんだ、あれは!?」


 王宮内にしてはいくらか質素な一郭(いっかく)の建物が宮廷騎士たちの住居だった。その一室をあてがわれ一人になった途端、俺は叫んでしまった。

 ──どこの世界に兵士になりすまして騎士に斬りかかってくる王女がいるんだ?
あれが……あんなジャジャ馬娘がティアニス王女だと!?

 声にならない(いきどお)りがふつふつと湧き上がる。

(活発な姫だと聞いてはいたが……)

 どんなに王宮の外へ出ない生活をしていたとしても、王族の(うわさ)はそこかしこにたつものだ。それが民の中で一番興味深い“空色の姫”ならば、なおさら。

 士官学校時代にも王女の噂は嘘か真の区別もつかないくらい耳にしたが、『活発な姫』というのは共通事項だった。

(……にしても酷すぎないか? 慈愛の女神が聞いて呆れる……)

 慈愛の女神と(うた)われる希望の王女だからこそ、空姫親衛隊は王国で一目置かれる存在となった。騎士として一つの目標とされるほどに。
 俺とて例外なく憧れた。

 神聖な王女を(かたわ)らで護る騎士。

 念願の役目を任ぜられたというのに……あんなジャジャ馬姫だったとは。叶ったはずの夢が、明日(あす)の日の出どころか夜も待たずに水泡(すいほう)(ごと)く弾けて消えた。

 ……そんな気分だった。

 憤りはやがて疲労感へと変わり、寝台に横たわる。体が深く沈んで戸惑ったが、すぐ慣れた。

 石造りの天井に向かって深く長い溜息を吐くと、少しずつ意識がまどろんでいく。

 騎士の叙任式は夜。それまでは自由に過ごしていいらしい。

 嫌なことを忘れるには寝てしまうのが一番だ。このまま少し休もうと、ゆっくり目を閉じる……


──木の扉を突き破るような打撃音!


 バネのように寝台から跳ね起きた。