God aspect
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 それから一刻も経たない間のこと。
 ダリウスは自分の執務室へ戻ろうと、長い回廊を歩いていた。

 角を曲がる手前で何者かが立ちはだかるようにして現れる。ぶつかりそうになって、はたと立ち止まりその者を見下ろした。

 深い紺色のワンピースに清潔感のある真っ白なエプロン姿。その衣装は、この城の女官が着るものだ。

「ダリウス様」

「おお、シレネ殿」

 彼女は突然現れたことを詫びるように頭を下げ、慇懃(いんぎん)な態度で話しかけた。

「リュート殿にティアニス様のこと頼んでくださいましたか」

「ああ、つい今しがたの」

「恐れ入ります。──ダリウス様はリュート殿と親しいのですか」

「いや、顔見知り程度ですな。この五年は全く会わなかったからの」

「まあ、リュート殿の就任が決まったとき、とても嬉しそうにしていらしたではありませんか。まるで孫を想うように」

「ほほ。そのように見えましたか?」

「ええ」

 ふと話が途切れても、ダリウスの前から立ち去る気配は一向にない。
 まだ何か話でもあるのだろうか。勤務時間中、雑談に花を咲かせるタイプではない彼女にしてはめずらしいことだ。
 それならば……と、自分から別の話題を切り出してみた。

「時にシレネ殿」

「はい」

「貴女の末の兄上は今、国外の任務でしたな?」

「はい」

「では今朝、フェンネル殿と思(おぼ)しき人影を城内で見た気がしたが。はて、あれは……?」

「見間違いではありませんか。今、兄がこの城にいるはずがありません」

「なるほど見間違いですか。老いぼれは目が悪くなって敵わん」

「流石のダリウス様もお歳には勝てませんわね」