「待て。送っていこう」

 咄嗟(とっさ)に呼び止めた。

「平気よ。森の入口で人をまたせているの」

「なら、そこまでだ。灯りもなしに危険だ」

 城の敷地内とはいえ、夜道を少女一人で歩かせるのは気が引けた。
 少女は体ごと振り返りながら(くれない)の瞳をうっすらと細める。青白い顔に、初めてわずかな『変化』が見てとれた。

「ありがとう。でも星明かりでじゅうぶんよ」

「え……」

 再び歩き出した少女は、視界の狭い、道も整っていない、暗い夜の森を驚くほどしっかりした足取りで進んでいく。普通はもう少し戸惑うものなのだが。

 やがて風が雲を散らし、隠れていた月が姿を現した。半月の淡い光が去りゆく少女の後ろ姿を照らす。

 自分がある『思い違い』をしていたことに気づいて目を凝らした。
 黒だと思っていた髪が、黒ではなかったのだ。
 そう、あれは……

 星が瞬く夜空の色──“藍色(あいいろ)”だ。

 ティアニス王女以外にも青の髪がいたとは……。
 純粋な青の髪は突然変異でしか生まれない。明るい青ほど珍しいらしいが、藍もかなり希少だといえる。

 いつの間にか、少女の姿は闇の中。
 俺はしばらくの間、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
「夢から醒めた」……そんな気分で。

 妖艶な美少女の不思議さは深まるばかりだった。

********************