「…鬼さん、私を食べるの?その為に私はここに居るの?」

食らうなら食らえばいい。
此方を見向きもしない少女の後ろ姿は、堂々としていた。

これまで出逢った者の多くは皆、我を見るなり恐怖に震えた。
「鬼は人を食らう」と逃げ惑うが、しかし其れは真では無い。


『…我ラ鬼ハ、人ヲ食ライハシナイ。』

「あら、…そうなの?その大きな口で食べられちゃうのかと思ったわ。」

ちらりと視線だけを此方によこし、少女はくすりと小さく笑った。
やはり我に脅える素振りも一切なく、未だ目の前に立つ樹を見上げていた。


「…ねぇ、この樹は何?」

『…我ラ鬼ガ、護ル樹…』

其の樹は常に其処に在り、遮るものもなく風に吹かれては葉を揺らす。

我らが護るべき物。


「ふぅん?ねぇ、鬼さん。名前は?私とお話ししてくれないかしら。色々教えて貰いたい事が沢山あるのよ?」

少女はそう言うと、我に初めて体を向け、小さな首を傾げて見せた。
其れまでの冷静な反応とは違い、初めて見せる子供らしい表情だった。


『…我ニ、名ハ無イ。』

「え?名前が無いの!?可哀想ね。私が付けてあげましょうか?」

解らなかった。
何故、「可哀想」なのか。