そして、
 そこから30メートルほど進んだとき、
 吉野は急に立ち止まった。

 前方約70メートルの所に
車椅子を押す人間の姿が見えたのである。

 その人物は長い黒髪を秋風になびかせながら、
吉野の方に向かってゆっくりと進んでくる。

 吉野は眼鏡をはずすと、
それを斜めにしてその人間の顔を見た。

 ぼんやり見えるその小さな顔形は
サクラナによく似ていたが、
吉野は目が悪かったので、
 はっきりと顔をみることはできなかった。

 『まさか?』吉野は眼鏡をかけ直すと早足で進んだ。

 吉野がその人物に近付くにつれ、
 吉野はそれがサクラナであることを確信するようになった。

自分と比べるとかなり若く見えたが、
 卵形の顔にきりっと引き締まった切れ長の目、
すらりとした肢体はサクラナのそれであった。

 吉野はその人物の前に来ると、
一呼吸おき、懐かしそうに声をかけた。