(皆して、兄ちゃんの事ばっかうるさいんだよ…)

一輝は眉間に皺を寄せたまま、とても長い一直線の廊下を歩いていた。

「どーこいくの?カズ」

恩はもぐらのように、ひょっこり一輝の視界に現れて言った。
心配して聞いてくれたのだろうが、今の一輝にはなんとも癪に障る言い方である。

「…保健室で寝てる」
「具合でも悪いの?大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「俺も保健室まで付き添ってやるよ!」

恩の必要以上のお節介に、一輝は廊下の真ん中で彼に向き直り、そして叫ぶ。

「いい加減にしろ!俺は一人になりたいんだ!」

その声が、まだ少ししか生徒がいない廊下に響き渡り、またしんと静まり返った。

(また、やっちまった…)

一輝はとっさに口元に手をあてる。
兄の話を聞かされると、すぐに機嫌が悪くなり、口も悪くなってしまう。
一輝は自分自身に溜め息をついた。

「あ、いや…す、すまん…」

恩の顔を覗き見た所、彼の表情は変わらず、にこりとしていた。

「ごめん、こっちこそ余計なお世話だったよな。俺、教室に戻るわ」

恩は傷ついた表情を一切見せずに言い、踵を返そうとした時であった。
恩が目を丸くする。
同時に一輝の背中全体に鈍い痛みが走る。

「よ、佐野氏おはよ!」

一輝は、一度大きく噎せ、それから自分の後ろの者を睨む。

「…っ沙華!」

闘志丸だしで一輝は言葉を出した。
沙華の方はというと、ワックスでボリュームをつけた髪をいじりながら、にこにこ笑って一輝を見ている。

「いきなり何すんだよ!」
「朝っぱらからご機嫌ななめの佐野氏の声聞いちゃ、ど突きたくなっちゃうって」

何を、と一輝が続けようとした所に、恩が入りこんでくる。

「あの、沙華がカズと同じ学校なのか?」