彼の視野に私がおさまると考えるだけでも、緊張で頭がおかしくなってしまいそうだったから。

 もっと、自分に自信があればよかったのかもしれない。彼に笑顔で話しかけることのできる自信。そう、彼女みたいに。

 私は具体的にある一人の少女を思い描いていた。いつも彼女のようになりたいと思っていた。


 同時に私の視界に髪の毛の長い少女が飛び込んでくる。

 彼女は艶のある黒髪をなびかせ、私が姿を追っていた人への最短距離で近づいていく。その距離が拳一つ分になったとき、淡々と歩いていた彼の足が止まった。

彼が見たのはその後ろから追ってきていた少女。二人は周囲の視線を気にしたそぶりもなく、言葉を交わしている。

 その少女の顔ははっきりとは見えないが、誰かは分かる。北田百合といい、学校随一の美少女だった。そして、彼女は女の子では木原君の数少ない友人のうちの一人でもあった。

一緒にいるのを良く見かけるが、恋人同士ではないらしい。彼女が彼の彼女であれば誰もが納得しただろう。


 彼は誰から告白されても、心を動かされない。この前のバレンタインも多くの子がチョコを受け取ってもらえなかったと聞く。

 彼に思い人がいるかどうか本当のことは分からない。だからみんな好きなように想像をし、それぞれの思いのままに噂を流していた。

中には北田百合に対する嫉妬に満ちたものも少なからずあった。だが、彼女はそんな噂にひるむことなく、彼の傍にいた。