「でも、夏のほうがいい気がするんだよね。晴実は引越しもあるのに」

「春にしておきたいことがあるんじゃない」

「旅行を?」

 彼は首を横に振る。

 辺りはもう暗い色が包み込みつつある。その暗闇が人の声だけを飲み込んでしまったように、辺りは静まり返り、私達の足音と、風の音だけが響いていた。

「君は」

 野木君がそう言って私を見た。だが、彼の言葉の続きがいくら待っても聞こえてくることはなかった。

 不思議に思い彼を見ると、彼の視線は私ではなく背後に向いていたのだ。振り返り、彼が言葉を失った理由に気づく。