206[短編]

「あの人、怖くない?」

「怖くないよ。優しそうな人だと思うよ」

「だって204の田淵さんでしょう」

 その言葉で夏江が勘違いをしているのだと気づいた。

「違う。206のほうだよ。綺麗な人」


 その言葉を聞き、夏江は安堵のため息を漏らすのだと思っていた。だが、彼女は先ほどより表情を強張らせていた。

「私のアパートは205までだよ」

「確かに夏江の家の隣に部屋があって」

「変なこと言わないでよ」

 夏江は会話を打ち消すように強い口調でそう言い放つ。明らかに不快感を示していた。典子に対して嘘を吐いているようにも見えない 。

 どう反応していいか分からずに戸惑っていると、夏江の強気の表情が少し緩む。

「ごめん。強く言って。最近この辺りで十代後半の子が行方不明になる事件が相次いでいて、そのことを思い出して」

 そういえば夏江の近所の人がそんな話をしていたことを思い出す。

 そのことを考えると彼女が怒る気持ちも分からなくはない。

 だが、彼女の言葉を素直に受け入れることはできずに自分の目で確認しておきたかった。