206[短編]

 月曜日、茶色の髪の毛をショートカットにした女性が、顔の前で手を合わせていた。 野口夏江だった。

 約束をすっぽかしてしまったことを詫びているのだ。

 事情が事情だったので、典子は彼女を責めることはしなかった。

 彼女の母親は幸いにも軽症で済んだらしい。早とちりをした彼女の父親が彼女に電 話をしてきて、こんなことになったとのことだった。

「でも、隣の人に会ったらお礼言っておいてね。雨宿りさせてもらったの」


 夏江を訪ねてあの場所にいたことはあの女性も知っているはずなので、そのことを伝えておいたほうがいいのではないかと考えたからだ。


「え?」

 夏江はあからさまに驚いたような顔をする。

「隣って田淵さん? あの人の部屋に入ったの?」

 なぜ夏江がそこまで驚いているのか分からなかった。

 彼女は綺麗な人であるが、普通の女性だと思ったからだ。

 彼女の部屋に入ったのが、そんなにとんでもないことだったのだろうか。

「入ったけど」