206[短編]

 だが、その先にあるものを意図的に視界に映さないことに決めた。

 唇を噛むと、夏江の部屋まで行く。

 夏江の部屋をノックしようとしたとき、腕に何か冷たいものが触れた。

 その冷たさに典子の全身に鳥肌が立つのを感じる。

 そこに立っていたのはあのときの女性。

 彼女はあのときのような優しい笑顔を浮かべている。

「お久しぶり。元気だった?」

「はい」

 必死に取り繕いながら、高鳴る心臓の鼓動を抑えていた。

 あのとき見惚れてしまうほどの笑みは今では不気味なものに変わっていた。

 彼女はそんな典子の気持ちに気づいているのかいないのか分からないが、目を細めている。