紅芳記


私が寄りたい所とは、城のすぐ麓にある正覚寺という寺でした。

戦の際には、百姓を避難させたり、陣を敷いたりすることのある、重要な場所にある寺院です。

「和尚はおられるか?」

少年の修行僧に問いかけると、奥に通されました。

「これはこれは、御方様。
お久しゅうございまするな。」

「和尚は、変わらず息災のご様子で何よりじゃ。」

「いやいや、もうすっかり歳を取り申した。」

「和尚、単刀直入に申し上げるが、近い内に戦になるやもしれぬ。
沼田城が戦場にならねば良いが、万が一ということもあり得る。」

「はい、そうなれば、正覚寺は御方様とお殿様に御味方いたしますぞ。
お殿様には、随分とお世話になっておりますからのう。」

「ありがたい事でございます。」

「御方様は何のご心配もなさらず、お殿様がお帰りになるのを待たれれば良い。」

「…そうあって欲しいと、願うばかりじゃ。」

「儂等の方でも、お殿様の戦勝祈願をいたしておきましょう。」

「すまぬな。
何卒、御頼み申します。」

正覚寺の和尚とは、麓に位置する事もあり、殿が沼田城主となった時からずっと親交がございました。

こうして、私一人で訪ねた際も快く迎えてくれる、暖かい人達なのでございます。

一通りの城下の視察を終えて城に戻ると、もう夕暮れになっていました。

城下の様子を見ると、そこに暮らす人々の為にも、戦を避けられるものならば避けたいと、強く思います。

城の中では、私は殿のご無事を祈祷中であるとして、仲橋が人払いをして部屋の前で待っていてくれました。

私はいそいそと部屋に入り、急いで着替えると、その後は何事も無かったかのように振舞いました。