紅芳記


慶長五年になってすぐに、再び鈴木右近殿が出奔しました。

加賀征伐の後、なにやら不穏な空気が流れていたそうなので、それを探るためでございましょう。

そしてその通り、弥生に入って遂に、あの天下分け目の戦いの幕が開こうとしておりました。

その時を前に、あの前田慶次様が再び沼田城にお越しになりました。

「ちんちくりんの美人の奥方様!
しばらくでござった!!」

どういう挨拶なのだろう…と不思議な思いでお迎えすると、慶次様はこれまでに無く真剣な表情になりました。

「おい、ちんちくりん。
戦になるぞ。」

慶次様のお言葉は、なんといいますか、とにかく無駄なところが無く真っ直ぐなのでございます。

この時もはっきりとそう仰せになりました。

「戦に、やはりなりますか。」

「何だ、気付いとったのか。
つまらん。」

「我が手の者が何かと有能な家臣でして。」

この家臣こそ、鈴木右近殿で、右近殿は折につけて季節の手紙のようなものを送ってきており、その内容が大名家の動向を知らせる密書を兼ねていたのでございます。

「俺は今、上杉のお館様に仕官しているのだが、なーんか徳川に目を付けられているみたいでなあ。
あれこれ難癖つけてくるから、直江の小僧がそりゃあもう腹立ててるのさ。」

直江山城守様を小僧とは…、確かに慶次様から見ればそうでございましょうが、これ又はっきりとしておりますこと。

「次になんか言ってきたら、正々堂々受けて立つってよ。
俺も徳川の野郎は気に入らねえし、上杉のお館様にゃ世話になってるからな、そうなった
時は槍を持って戦うさ!
だが、百二十万石の大大名にして武勇に名高い上杉と、天下人気取りの徳川のタヌキ野郎が戦したら天下大乱になるからなあ。
可愛い可愛いちんちくりんには先に言っておいてやろうと思って教えに来てやったのさ。」

と悪びれも無く申されます。