殿が留守にされ、私が矢沢と共に城代を務めていた頃に、暫く出奔していた鈴木右近殿が帰参したとの知らせを受けました。

鈴木右近は、真田家の中でも重臣であり、度々諜報員として出奔を繰り返しておりました。

私はすぐに登城するように伝え、出奔している間の話を聞くことにしました。

「奥方様におかれはしては、ご機嫌麗しゅう、恐悦至極にございます。
再び殿にお仕えするべく、鈴木右近忠重、罷り越しましてございます。」

「右近殿、長く旅に出ておったと聞いております。
その間はどちらにいらしたのでございますか?」

「某、旅の合間に柳生流の剣士に師事して剣術を学んで参りました。
何かと奥深く、夢中になっているうちに時が流れてしまいまして、面目ない次第でございます。」

「それは面白そうじゃな。
是非手合わせ願いたいものじゃ。」

「奥方様は全くお変わりになっていないご様子、安堵いたしました。
しかし、奥方様は殿のお子を身篭られていらっしゃいますとか、かような時に手合わせしてもしもの事があれば某の首が飛びまする。
どうかご容赦を。」

「ふふふ、実直な所も相変わらずね。
冗談じゃ。」

「これは、奥方様も人が悪い。
本気で焦りましたぞ。」

「まあ、許せ、この通りじゃ。
それで、殿には?」

「は。
道中で殿のご一行に出くわしましたゆえ、その場でご挨拶申し上げ、そのまま城まで参りました。
上方は大変なことになっておりますぞ。」

「やはりな…。
引き続き、情報を得れば殿にお知らせせよ。」

「承知。」

鈴木右近には長旅の疲れを取るように、と一度城下の屋敷に下がらせ、私は右近の帰参を伝える書簡を殿に宛ててしたためました。