紅芳記


部屋に御入りになったので、頭を下げようといたしましたが、

「待て、小松。
そのままでよい。」

と申されたので、軽く頭を下げておきました。

殿はひとまず御座りになりましたが、すぐに私の腕に抱かれた姫にお気づきになられました。

「これが、わしと、小松の子か…」

じいっと、目を見開いて凝視してしまうものですから、姫がぐずり始めてしまいました。

「姫、お父上様ですよ。」

よしよし、とあやしながら姫を殿の方へ向かせます。

姫にも父上がわかったのでしょうか、殿と同じ表情で殿をみております。

「殿に良く似ておりますね。」

「そうかの。」

殿は、ははっと照れ臭そうに頭を掻かれました。

「小松、よう産んでくれた。
礼を申す。」

「…はい!」

「して、姫の名じゃが…」

殿は懐から半紙を取り出されて、広げながら見せてくださいました。

その紙には、大きく、『まん』と書かれております。

「万の幸せが降るように、と願いをこめて、まんとする。」

「まん…。
良い、良い名でございます…」

「そちの名はまん姫じゃ。」

殿は姫に向けて仰せられました。

まんは、きゃっきゃと笑っております。

「まん姫…」

私は殿に頂いた姫の名を、かみ締めるように呟きました。