紅芳記


宴の席にはもう、信繁殿に昌親殿といった殿の弟君や他の家臣が集まっていましたが、大殿も京の御前様もまだいらっしゃいませんでした。

「あねうえっ!
お久しぶりです!」

昌親殿とは良くお話をした仲なのです。

まだ8つ(*数え年)と幼く、平八郎や竹千代君を思い出します。

信繁殿はもう酒に手を付けようとしていましたが、

「源次郎、戻ってもう酒か。
第一、父上を待て。」

と殿に諌められました。

が、当の信繁殿はケロッとした顔で

「一口だけ…。」

と、ねだりました。

上田合戦では、父上や義父上をこっぴどく負かしたほどの武芸者ではありますが、普段の生活にはさして興味がないのか、余程のことがない限りいつも袴は履かずに素っ気ない小袖で過ごしています。

前田家の風来坊で、カブキ者と言われる方よりは、いくらかましだとは思いますが。

そして、私の姿を見つけたのか寄ってきて

「いやー、それにしてもいつ見ても義姉上はお美しい!
兄上の奥方なんか辞めて私のもとに嫁に来ませんか?」

と、私の手をとります。

こういう冗談はいつものことですが、殿の前では初めてなので、

「源次郎、聞き捨てならぬぞ。」

とご立腹です。

私の肩を抱き寄せ

「そなたにはやらぬ。」

と、眉を寄せました。

「殿、源次郎殿の悪い冗談ではないですか。」

あまりにその様子が可笑しくて笑いながら言うと、

「小松、笑うでない。」

と、拗ねてしまわれました。