紅芳記


殿が鎧を脱ぐのを手伝いながら、いろいろと話ました。

「よくぞ、ご無事で。」

「当たり前じゃ。
何万何十万の兵だったのじゃ。」

「それでも心配だったのでございます。」

「すまん、すまん。」

殿は声を上げてお笑いになりました。

「…お夢の方様と、お会い致しました。」

殿の肩がぴくりと動きます。

「……夢と?」

「はい。
素晴らしい御方でございました。」

「そうか。」

「はい。
憎いはずの私に、気さくにお話して下さいまして。
すっかり仲良くなってしまいました。」

ケラケラ笑うと、殿は安堵されたようです。

「そなたは人と仲良うなるのが上手いの。」

「え?」

「戦の途中で他家の話を聞くとの、奥は女の戦場のようじゃと言う者もおったわ。
されど、そなたは違う。
それは何事にもかえ難い才じゃ。」

「…褒めてもなにも出ませんよ。」

「良い。
そなたが出さずとも、わしは貰うでの。」

唇が重なる。

「殿っ!」

顔を真っ赤にして文句を言うと、殿は無邪気にお笑いになります。

とても楽しそうに。

安心しきった表情で。

きっと、戦の最中は気を張っていらしたのだわ。

殿が動じれば、それは士気を大きく下げる。

それがないように、ずっと一人で感情を抑え付けてきたはず。

それが、私の前では安心しきった表情になる。

嬉しくて、初めて私から口づけをしました。