紅芳記


お日様が空の真上に来た頃、夢姫様が城に入られたとの知らせがありました。

私は、夢姫様が用意したお部屋に入られるのを待ちます。

いつになく緊張し、それでも己に、『動じてはならぬ。平静を装わねば。』と言い聞かせておりました。

「奥方様、夢姫様がお部屋にお入り遊ばされました。」

「…そうか。
ふじ、仲橋。
参ろう。」

すっと立ち上がり、打掛の裾をさばいて部屋に入りました。

私の席は上座である上段の間。

夢姫様は下段の間の、それもかなり奥まった隅のほうにいらっしゃいました。

私が座るのを感じられたのか深く下げられた頭を更に深く下げ、

「お初にお目にかかります。
真田信綱が娘、夢と申します。
奥方様におかれましては、御機嫌麗しゅう存じ上げ奉り、恐縮至極にございます。
お目通りをお許し下さりましたこと、まことに有り難く存じまする。」

と、随分とへりくだった挨拶の言葉を申されました。

私は一瞬驚き、すぐに

「はじめまして、夢姫様。
徳川家康が養女、小松にございます。
私もお会い出来て嬉しゅうございます。
さぁ、どうぞお顔をお上げ下さいまし。
ふじ、早く夢姫様に敷物を。」

と言いました。