紅芳記


「奥方様、明日の昼に夢姫様がいらっしゃるそうにございます。」

部屋に入ると、仲橋が小難しい顔でそういいました。

「そう。
夢姫様が。」

「はい。」

「わかったわ。
極力、失礼のないようにきちんと部屋に支度をして。」

そう言うと仲橋は苦笑し、

「畏れながら、奥方様。
殿の御正室は徳川家康様の娘であらせられる小松姫様、貴女様にござりまする。
夢姫様は、御側室。
そこまで奥方様が御気を使うことは…。」

と言いました。

「仲橋、そなたはいくつの頃より真田に?」

そう問うと仲橋は眉間に皺を寄せてわけがわからないと言うふうに

「…八つの頃より、お仕えしておりまする。」

と答えました。

「そうか。
ならば知っておろう。
夢姫様は、もとは御正室であったと。」

「はい。
しかしながら、奥方様…。」

「仲橋、わからぬか。
これは私の独りよがりな考えかもしれぬがな、夢姫様はきっと私を恨んでおいでじゃ。」

「なっ…!」

「己の愛する方の正妻の座を、たった十四だった小娘に掠め取られたのじゃ。
きっと口惜しく、更には深く傷付かれたに違いないであろう。」

仲橋は何も言わずに顔を伏せました。

「じゃからの。
夢姫様に失礼があってはならぬのじゃ。」

「…承知、致しました。
万事はこの仲橋めにお任せを。」

「頼んだぞ。」