そしてついに、文月五日に北条家当主、北条氏直様が自身の切腹を引き換えに城兵を助けるよう申し出、義父上様は氏直様を雄利、次いで織田信雄様のもとへ護送した後に関白様に降伏の由をお伝えにならました。
天下の名城、小田原城は此処に落城したのでございます。
七日から九日にかけて城が明け渡され、文月十一日、北条氏政様が切腹して果て、氏直様は助命され高野山へ追放と相成りました。
石田三成様が大将となり大殿や信繁殿、浅野長政様らと攻めておられた忍城は小田原落城を受けて文月十六日に開城、真田軍は撤退致しました。
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