水無月に入り、戦況は変わらず豊臣方優勢。
北条側の動きとしては一度、蒲生様の軍に夜襲をかけたのみで、戦らしい戦もなく豊臣方の包囲が続いているとのこと。
義父上様である家康様は、家臣らを使い下総から次々と支城を落としていると。
また、関白様は淀の御方様を始めとする愛妾を呼び毎夜の如く宴を開くほどの余裕があり、豊臣軍の中には狼藉を働く者も多く北条側の士気は低く、家臣からは降伏もやむなしという声も多く出ているそうです。
我が夫、信幸様のいらっしゃいます北国勢はというと、八王子城を水無月廿三日に攻め落とし、その八王子城の将兵の首は小田原へ送られ、さらにはその将兵の妻子は晒し者とされたと、世都の書簡にありました。
妻子を晒し者にするとは、何たる非情の仕打ちと思いながらもまた、私は何があっても晒し者などにされて殿の顔に泥を塗ることがないようにしようと、心の内で固く決心致しました。


