それからしばらくたったある日。 殿は大殿のお取りなしで家臣のひとり、玉川秀政殿の娘である右京殿を側室となさいました。 私はやはり心が痛むものの、なんとか気丈に振る舞うことが出来ましたが…。 あの日より、殿と共に夜を過ごすことも減り…。 寂しいとは、こういうことなのだと思い知らされた気が致します。