根岸先生は悪びれる様子もなく、かといって皮肉って言うわけでもない。すかさず私は無意識でこう言った。
 「でもそれだけでは生徒には好かれません。私は生徒に好かれることが教師と生徒をつなぐいい関係になると思ってますから。…あ、すみません、こんな生意気言っちゃって…。」
 私は慌てて口を手で押さえた。
 「いやー、いんですよ!しっかりなさってる。顔立ちもきれいだし、情熱的だし、先生いい教師になりますよ!私が保障します!」
 根岸先生はニコニコ顔で私に言ってくれた。でも、その眼鏡の奥の瞳に私は何とも言えない嫌悪感を感じていた。今思えばそれがあの凄惨な出来事への始まりだったのかもしれない。だがこのときの私には到底知るよしもなかった。
 職員室内にチャイムの音が鳴り響いた。一斉に教師達が出て行く。大学4年の教育実習以来の懐かしい響きだった。そして私にとっては教師の第一歩の始まりであることを表す合図だった。とても新鮮な音色だった。
 私は3Aの副担任になり、担任の藤井先生と共に教室に向かった。
 「ねえねえ、今日の全校集会でさ、笹倉先生っていたでしょ?すごい美人じゃない?うちらの副担だってさー。」
 「えーマジ!?でも美人だよね!本当、菅野美穂みたーい!」
 「本当、めっちゃかわいー。男子なんて今か今かと待ち焦がれてるよ。」
 「あ、ほら来たよ。藤井と一緒だ。」
 3Aの教室前まで行ったとき、ドアの前で顔を覗かせている、男子生徒が5,6人ほど騒いでいた。
 「こら!!教室入れー!!」
 藤井先生が怒鳴ると生徒達は一掃し、行儀よく机の前に座った。
 「起立!!」
 日直と思われる生徒が叫ぶと一斉に生徒達は立ち上がった。