少し遠くにあるカップを寄せて、あたしはコーヒーを注ぐ。

 コーヒーのお代わりなんて、勿論好意でやっている訳じゃなくて、ただの仕事。

 それなのに先生は、あたしがカップに注ぐのを嬉しそうに待っていて、必ずあたしの目を見て『ありがとう』と笑顔でお礼を口にする。

 あたし以外の誰にだってお礼を云うのは分かってる。

 別に、あたしだけが特別じゃないって分かってる。

 だけど――おかしな錯覚に陥ってしまう。

 なんだか、気になってしまう。

 あたしは、気付いてしまったんだ。

 それは、先生があたしに対して話し掛ける事が多くなってきた頃。

 一度だけ、あたしがテーブルに料理を運んでも気付かなかったことがあった。