「はよ」

教室に入った途端、有坂の姿が目に入った。

それは単純に自分の席の前が彼の席だからなのかもしれない。


「おお、おはよ」


文庫本を読んでいた目がこちらを向いた瞬間、かたりと何かが揺れた。

そしてどこかで、意識するなと言い聞かせる自分の声が聞こえる。


有坂はすぐに文字へと視線を戻す、何事もないように。


そうだ、何もない。


申し訳ないという気持ちがあるのなら、最初からあの手を取りなんかはしなかった。


ふう、と息を吐いてから席に腰を下ろす。

なんだか無性に煙草が吸いたくなって、脚が揺れてしまう。

時計を見ればホームルームが始まるまであと五分、吸いにゆくには少し時間がない。