棗は慌ててキッチンへ向かう。

屋敷のような気分でずっと
座っていたが、その違いに
今さら気付く。
ここには柊もメイドも
シェフもいない。

当たり前だが自分ですべて
やらなければいけない。

玲の横に並んで立つと、
卵を渡されて目玉焼きにして、
と言われた。

慣れない手つきでフライパンや
油を用意しながら玲を見ると
手際良くパンをトースターに入れ
お皿にレタスを千切っていた。

出来て出てくるのが当たり前の
棗にとっては新鮮な光景だ。

「買い出し行かないと何も
ないから食べたら買い物行くか」

準備しながら話しかけてくる玲に
無言で頷きながら棗は玲から
視線を外した。

夫婦みたいな会話に思えて
そう考えるとなんだか鼓動が
速くなった。

緊張気味にフライパンの端で
卵を割る。

「固…」

あまりヒビが入らなかったのか
殻がなかなか割れない。
必死で力を込めると
クシャッと言う音と共に
殻と黄身と白身が混じって
フライパンの上に落ちた。

予想外のことに棗は
小さく悲鳴を上げた。

慌てて近くにあった箸で
殻を取り除く。
その間にもマーブル状の黄身と
白身は熱されたフライパンの上で
どんどん固まっていく。