「大人しいな」

玲が意外そうに呟く。
目線を上げると玲の瞳が自分を
見つめていた。
紅茶色の瞳の奥に自分が
映っているのが見える。

「…じゃぁ、やめてよ」

憮然とした顔で言うと、
「じゃぁ、ってなんだよ」
と、玲はまた笑った。

玲が不意に視線を遠くへ
やったので棗もそちらへと
視線を向ける。

倉庫の脇から樋野と瑠璃が
こちらを見ていた。

「西園寺さんの婚約者って
会長さんですか?」

突拍子もない瑠璃のセリフに
棗は目を見張る。

「違うわよ!」

即座にその言葉を否定すると、
今度は樋野が、
「婚約してるの?」
と聞いてきた。

「ど、どうだっていいでしょ!
…もう、帰るわ」

勝手に話を終わらせて
棗は踵を返した。
それを瑠璃が慌てて追いかける。
グラウンドの隅には
玲と樋野だけが残された。

微妙な沈黙の後にお互いが
顔を見合わせた。

「本気?それともからかって
楽しんでる?」

樋野がまじめな顔をして
聞いてくるので玲は苦笑いした。