「弟がいる」

「そう」


だが律の口からそれ以外の言葉は発せられなかった。
 

芹は自分から話す気にはならなかったから、黙って窓の外だけ見ていたがその後も一向に律は口を開かない。
 

意味がわからないともう一度ため息をついて、少しだけ律を見ると、いつの間にかデスクの上に視線を落としている。
 
その右手にはボールペンが握られていた。


「は? 何か聞きたいことでもあったんじゃないの」
 
馬鹿だと思いながらも、芹は自分から聞いてしまう。
 

すると律は目線だけを一旦上げ、すぐにデスクに戻してから口を開く。

「聞いてもらいたいことでもあったのかしら? 私はそこまで貴方に興味はないのだけれど」


 
その言葉に、芹は自分のどこかが割れてしまった音を聞いた。



「だったらなんでここまで連れてきたんだよ」

「雨に濡れていたからよ」

「興味がねぇならほっといたらいいだろ」

 
いつになく、感情的になっている自分が可笑しかった。
 
学校でこんな態度を取ったことがない。

 
人前で本心をさらけ出すのは自分の弱みを見せることになる。
 
それに、学校では優等生で通っている方が何かと都合が良かった。

 
なのに、どうしてこんなに声を荒げているのか。

 
それでもそんな自分を顔を上げて見つめてきた律の表情は変わらなかった。