保健室アイロニー[短篇]

思っていた以上に強い力に律は不意をつかれ、なすがままにベッドに倒される形になってしまう。

上に覆い被さってきた男子生徒の右手の指が、律の唇に柔らかく乗ってくる。
 

それでも律は嫌がる素振りを見せず、冷たい視線を男子生徒の瞳に向けていた。

「俺、結構自信あるよ? 試してみるのもいいんじゃない?」
 
低い声が、甘く囁いても、お互いの表情は変わらない。


「結構よ、不自由してないわ」

「ふーん、じゃあ噂って本当?」
 

唇を優しくなぞっていた指が、顎を通り、首の側面をくすぐるように撫でていく。


 
その噂ぐらい、律は知っていた。

『保健医の龍野先生は二股どころか五人も恋人がいる』

 
どこで何をきっかけに生まれた噂かは知らないが、律にとってはどうでも良いことだった。


人の噂など、尾鰭が付き、話題性を富んだものにすり替えられていくもの。

最初の噂がどのような形だったかはもうわからないが、いずれにしろ真実ではないことを自分が知っている。

それだけで充分だった。


だから否定もせず、ただその虚無の瞳を見つめていた。

「そっか……今更一人増えたってどうってことないでしょう?」

その態度をどう捉えたのか、男子生徒はふっと笑うと自らの顔を律の顔の左側に鎮めてくる。

律の耳のすぐ横に唇を寄せると、わざと息を吹きかけるように囁き始めた。