追憶のマリア

 れんはフッと笑い、


「気が変わったら連絡くれ。ここへ来て俺の名前を言えば俺に会えるように手配しておく。」


 と言って胸ポケットからマッチ箱を出してテーブルに置き、それを上から軽く押さえるようにして、スーッと俺の方にずらした。


そのマッチ箱には“Night Angel”という筆記体のアルファベットの下に、電話番号や住所が小さく書かれていた。


 なんとも陳腐なうさんくさい名前だ。


 俺はそれに一瞬視線を落としたが、すぐまた前方に戻した。


 れんはそんな俺にまた失笑し、立ち上がると自分の注文したグラスを一気に空け、マスターに向かって、


「いくら?彼の分も…。」


 と言って尻から財布を取り出した。


 そして万札で支払い、釣はいいからと感じ良く微笑み去って行った。







 初対面のヤツはとことん疑ってかかる。


 裏の世界の鉄則。


 これをやらないと逆に疑われる。


 今日も俺の演技は完璧だった。