追憶のマリア

「どこ行くの?」


 母は顔が熱くなるのを感じ、窪田にそれを悟られたくなくて、顔を反らして尋ねた。


「タバコ吸いたい。」


 窪田はすっかりいつもの無表情に戻って答えた。


「持って来てあげる。」


 そう言って母がリビングに取りに行こうとすると、後ろから窪田に手首をつかまれた。


 母が振り向くと、無表情な窪田が母を見詰め、


「いい…向こうで吸う。ここは…禁煙なんだ…。」


 そう言ってつかんだ母の手をそっと離し、


「あんたが来てから…ここは禁煙なんだ…。ここは…あんたの居場所だから…。」


 とさらに付け加えた。


 相変わらずの無表情だったけど、母はその言葉にキュンとした。


 三十路目前でこんな気持ちを抱くなんて…


 しかも見た目は若くても、『さんじゅうご』のオッサンに…




 そして…




 彼は犯罪者だった。




 母はそんな気持ちをかき消そうと、


「私、あなたが出掛けていないときは、ずっとリビングにいるんだから。あなたの喫煙所で、ずっとテレビ見てるんだから。」


 と言い返した。


 窪田は一瞬キョトンとしたが、


「そうなんだ。」


 と言ってまた微笑んだ。


「2回目…」


 窪田の笑顔を見詰めながら母が言った。


「なんだよ?!」


 すぐに窪田は無表情に戻った。


「ううん、なんでもない。」


 母が窪田の笑顔を数えてると窪田が知ったら、窪田は意識して笑わなくなりそうで…


 母は笑顔でごまかした。