追憶のマリア

 母は、ゆっくり後ずさる。


 ツヨシの無表情の中の野生的な鋭い眼差しに、母は底知れない恐怖を感じたが、逃げ場はない。


 全身を強張らせ、ただ祈るような気持ちで、濡れた瞳でツヨシを見詰めた。


 ツヨシは何も言わず、母に歩み寄ると、母が前合わせにして身に巻きつけていたシーツの両端を両手でつかみ、そのつかんだ両手を勢いよく左右に広げた。


 ツヨシの瞳に母の全裸が映る。


 ツヨシは無表情だったが、しばらくの間微動だにしなかった。


 母は、ツヨシが状況を把握できずに動揺していると感じ、ツヨシの目の前で自分の人差し指をたて、それをゆっくり動かして、ベランダを指差した。


 ツヨシが母の人差し指を負うように、その視線をベランダへと移す。


 ベランダには、母の衣服がヒラヒラと風に揺れていた。


 ようやく状況を理解したツヨシは、シーツを元通りに戻して母をくるみ、


「着替えがいるな。」


 と呟いて、何事もなかったように部屋を出て行った。







 母は身にまとったシーツをツヨシにつかまれた時、今度こそ乱暴されると思った。


 だが母の裸体に注がれたツヨシの視線は、決していやらしいものではなく、その瞳から読み取れるのは、彼の驚きと戸惑いのみだった。


 案の定、ツヨシは母の身体に指一本触れなかった。


 あれだけの美形なら、わざわざ自分を無理矢理犯さなくても、喜んで身体を捧げる女性はいくらでもいるだろう、そう自分に言い聞かせ、母は、せめてそういった不安だけでも消し去ろうと努めた。