中村は、なぜか、
叱られている様な気持ちになっていた。


「いや…………」


「また、何も言わなかったの?」


「ああ………
 いいんだ。それは、いいんだよ」


「でもー…………」


「あの頃、俺、
 自分に自信が無かったから………

 そのくせ、楽天家だからね。

 そんな将来のことなんか、
 本当は、真剣に考えてなど、
 いなかったんだ。
 お金なんか無くても、
 何とかなると思っていたんだよ。

 で、そんなところが、
 君のお母さんには、
 不安だったんだろうな」


中村は、そのころの恵子の顔を、
思い出していた。


「まっ、今になって思えば、
 わからないこともないけどね。

 恵ちゃんの寂しそうな顔が、
 今でも浮かぶよ。

 それに………」


「“我慢することには慣れているから”、
 でしょう?」


「ハハハ、そうだよ」


「じゃあ、辞めたのは、お母さんのせい?」


「それは、違うよ。
 断られた時は、まだ、退学届を
 出していなかったんだから。

 でも、退学に傾いた流れを、
 止めようとは、思わなかったんだ」


中村は、きっぱりと、


「俺が、決めたんだ。
 俺が決断して、辞めたんだ。
 だから、誰のせいでもないよ」


「だけど………」


「そんなこと言ったって、
 もし、俺達、結婚していたら、
 君はここにはいないんだぜ」


「それは、そうだけど………」


しばらくの沈黙の後、
綾が何か言おうとした時、車が止った。

「さあ、着いたぞ」