-- 現在。車内の、綾と中村 --
車内に流れているフォーク・ソングが、
能天気な曲に変っていた。
「よくあるパターンだよ。
俺が、お母さんに、振られたんだからね。
自慢じゃないけど、俺は
一度も、嫌と言った事はないんだからね。
でもー………
俺がバスケットにのめり込めば込むほど、
恵ちゃんは寂しい思いを
してたのかもしれないなあ。
それは、まっ、
スポーツマンの宿命ってとこかな?
バスケットに命かけて、やってたからね。
それとも………
泣きながら”行かないでくれ”とでも
言えば良かったのかなぁ」
「言わなかったの?」
「ああ。言えなかった………。
言える訳、ないだろう?
言いたかったけどね。
ぐっと、こらえちゃった」
「なんで?……言えばいいのに」
「まあ、悪いのは、俺だしね。
それに、恵ちゃんが決めたことだから…。
幸せになろうとして、
悩んで、悩んで、決めたことなんだから」
何か言いたげな綾を制するように、
「俺の事はいいんだ………、
俺の事は………、
我慢することには、慣れてるんだから…
まっ、痩せ我慢なんだけどね。
それで、一度は、終ったんだ」
綾のほうを一度見て、また前を向き、笑顔で、
「でもそのあと、俺たち、婚約したんだぜ。
その、振られたすぐ後だったかな……
5年目のバスケットのシーズンが
終わった頃にね」
そう言って、遠くを見つめる、中村。

