私、海が見たい


 -- 現在。車内の、綾と中村 --


中村は、その頃を思い出しながら、
前を向いたまま、ポツリつぶやく。


「まっ、未遂だったんだけどね。
 ちょっと、大事に思いすぎたのかなぁ。
 “次”はとうとう、
 来なかったんだよなぁ」


中村の声も曇る。


「未遂って?」


綾は、中村が何を言っているのかは、
わからなかった。


「えっ、あっ、いや、なんでもないよ。
 清く正しい付き合いだったのさ」


「ふーん」


「そうだ。何か音楽でも、かけようか」


中村は、気まずい雰囲気を取り繕うために、
運転しながら、ダッシュボードを開けた。

「なんか、知ってるのがあったら、
 かけてくれるかな?」


綾は、ダッシュボードに無造作に
詰め込まれたCDを見ていった。

「でも、古いのしか、無いんだよなあ。
 全部、知らないよね」


「あっ、これ」


そう言って綾は、1枚のCDを取り上げた。

「この曲、お母さんが好きだといって、
 時々、聞いてた」


そのCDを見て、

「ああ、それ。
 あの頃流行っていた曲だな。
 じゃあそれ、ここに入れてよ」


綾がCDをカーステレオに入れると、
綾の聞き覚えのある恋の曲が、流れ出した。

綾は、TVから流れるこの曲を、
じっと聴いている母の姿を
思い出していた。

しばらくして、明るい声で、
綾は中村のほうを向いて、

「初キス、なんてものもあったんでしょ?」


「そりゃあ、まあ……
 うん…………そりゃあ、
 付き合っていたんだからね」


しどろもどろになりながら、
遠くを見つめる、中村。