「…エレン、クリスは何もしてない。俺は平気だ」



「フィン様…」



主人に言われれば返す言葉もない。


エレンは二人の間に収めていた身体をフィンの後ろに移動させて、不信感は募らせながらも大人しく傍に仕えた。



「……ありがとな、お前だろ。力を拡散させたの」



「えぇ、あのままでは街が消し飛びかねなかったから。…でも、あたしがした事をする予定だったんでしょう?思惑通り、木が雷から守ってくれたと勘違いして、あの木は庭先のテーブルと椅子になるそうよ。それを聞いて、グレタとシェリーは成仏したわよ、幸せそうに笑ってね」



そっか、と漸く微かに笑って、フィンは顔を上げた。泥に汚れて微かに腫れた目に、クリスは笑った。


そして傍にしゃがみこむと手を伸ばしてその目元を擦る。痛そうに笑う、フィン。



「どう?気分は」



「疲れた。疲れる。もうやってらんねぇよ、バカみてぇ。無意味だ、全部、俺無意味なもんばっか、持っては喜んでたんだな」



「これからどうするの?」



聞かれて、フィンはふと、傍に置かれたコーヒーを見つめる。


とっくに冷え切ったカップの中で波打つコーヒーを見つめていると、自分と似た、あの黒い外套(マント)が揺らめくように、見えた。


一人の顔が思い浮かんで、小さく鼻で、笑った。


生意気な、自分の弟子。もう自分と同じくらいの魔術を習得した、後輩。