それは、自分の今の非現実的な空間と比べても遠い場所だった。降りるには少し躊躇う最上階。人も車も遠くに見えて、伝って降りる助けになるような物さえない。


声も出ない。


うめき声のような声を出来る限り上げながら、男は外の世界へと助けを呼ぶが誰も、その声を聞き取るものなど居ない。


ふ、と。


背後に重みを感じた。


それは、何かを背負ったという重みではなく、動物が人間が本来備え持っているのかもしれない、何かが身に近付いた時に感じる、あの、妙な威圧感。


振り返ろうとした。


何も居ないはずなのに感じる威圧感に。


振り返ろうと、顔を、首を、目を、微かにずらした。


そこには。


彼の肩に顎を乗せることが出来るほど近くに女の生白い顔が、無機質に前を見ていた。


その女の首が、徐々に、こちらへと、男の方へと、向いて。それが、あの女、そう、マルシアの、姉だと気付いて。


男の記憶は、なくなる。


視界が赤に塗りつぶされていた時、男の首からは動脈を傷付けた針の付けた穴からビュービューと水鉄砲のように噴出していたのだ。




*