ふと、男は擦りガラスの窓に、何かが居ることに気付いた。なんだ、これは。


思って赤に染まる視界を目を細め、それに近付いて見てみる。


近付いてもうまく見えないそれに、さらに目を細め、擦りガラスの窓に額を当てて、ジッとそれが何かの形を成すのを、待った。


暗い、黒い、それは、溢れる血液を拭いながら微かに利き始めた視界の端で、ようやく、姿を現す。


それは、男と同じように擦りガラスに額をベッタリと付けた女だった。


真っ白の顔をした女が、赤い目をこちらに、そう、丁度、額と額を合わせたように。



「ぁ、あ゛…ッ」



後退る、彼の背中を、腕を肩を、耳を、側頭部を、針が突き刺す。


ギャ、と叫び声を上げて針のシャワーから逃げると、ガン、と風呂釜に蹴躓き、そのまま頭から湯船に落ちた。


ヌ、とするそれは到底水ではありえず、突然呼吸が出来なくなったパニック状態の男は呼吸をしようとゴブッ、とそれを飲み込む。


飲み込んで、水でないそれに更にパニックを起こして吐き出そうと咳をして空気がなくなりまた吸おうとする。


必死に手足をばたつかせ、刺さる待ち針を食い込ませながらも漸く浴槽から顔を出した男は激しく咳き込んだ。


それは独特の匂いを香らせる、糊。


粘着いたそれは身体の上をどろどろと伝い針を抜いていく。時たま抜ききれない針には負荷を掛け、中を抉ろうとする。


男は身体中の針を抜いてシャワーのスイッチを切るが、シャワーからは止め処なく針が溢れる。


浴室を出ようとしてもドアが開かず、出られない。


窓を叩き割って助けを呼ぼうと拳を叩きつけると、いとも簡単に割れ、地上が見えた。