「周りは、敵ばかりではないでしょう?」


本当に、私は大事なことを知らなかったらしい。

ずっと、自分はたくさんの世界を見てきたと思っていた。
大人の、馬鹿みたいな世界。

そればかりで、最も身近なことには一向に気がつかなくて。


それでいて、自分の人生を哀れんでいたのだから滑稽だ。


「ねえ」

「はい?」


斑鳩の頭の後ろに、丸い月が見える。


「敬語はやめてくれないかしら。なんだか立場がおかしくなりそうだから」

「ああ、すみません。癖みたいなもので」

「ええ。少しずつで構わないわ」


私自身も喋り方は可笑しいだろう。
でも大丈夫。

少しずつ、変えていけばいいんだ。


「では、俺の願いも聞いてもらえますか」


お願いした側から敬語なのだが、そこは仕方がない。
何、と聞き返すと何故か斑鳩は私の前で肩膝をつく。

 
私が見下げていて、まるで御伽噺の一ページのようになっている。


「俺のこと、名前で呼んで下さい」


たった、それだけ。
なんてことないお願いだろうに、彼は土に膝までつけている。

 
それが、可笑しくて。
同時に、なんだかとても可愛らしくて。


「うん……巽」


私はそっとキスを落とした。


私を救い上げてくれた、優しい王子様の額に。



end.