屈折カタルシス[短篇]

「そういえば」


いつもと変わらず静かに歩く男に、私は尋ねてみることにする。


「佐野さんと付き合っているんじゃなかったのかしら」


ずっとそうだと思っていた。
誰かに聞いたわけではなかったが、よく二人で残っていたし、話し込んでいるのを見たことがある。
佐野さんは他の人とはあまり喋らなかったが、斑鳩とは喋っていたし。

 
ところが、私の言葉を聞いた斑鳩は一瞬怪訝な顔をしてから、珍しく吹き出した。


「違いますよ。勘違いされていましたか?」

「いや、だって仲良さそうだったから」


ああ、と斑鳩は頷いてから私に笑顔を向ける。


「彼女も俺と似たような境遇なんです」

「境遇?」

「はい。彼女は貴方のファン、ですね」


意外な言葉に、私は足を止めてしまった。
斑鳩も歩くのを止め、振り返って私の前に立つ。


「入学したときから、貴方のことが気になっていたそうです。いつでも颯爽と格好良くて。それで選挙に出たらしいですが……彼女も途中で気づいたわけです。貴方の本当の姿に」


今まで見たことのない斑鳩の笑顔は、なんだかむず痒かった。


「だから、彼女とはよく話をしていたのですよ。貴方のために、彼女も必死でした」


遠くで犬の鳴き声が聞こえる。
でも、それ以外はとても静かで。

 
自分の心臓の音が、驚くほどよく聞こえた。