「どうして」


いきなり何を言うのだろう。
そう思って聞き返すと、嶌田は口角を上げる。


「今、どなたかわかったのでしょう? とても良い表情をしておられましたよ」


その胸に、あの日のハンカチがしまわれていることに気づく。
特徴のある、縁のエンブレム。
今まで注意して見たこともなかったが、まさかいつも持っているわけでもあるまい。


「心配されていました。私なんかに謝られても困ります、って言っても頭を下げるんですから」

「え……」

「行ってみたらどうでしょうか? さっきのことなので、まだいらっしゃるかもしれませんよ」


珍しい、こんなに嶌田が喋るなんて。
でも、兄は会話を交わしていたらしい。

 
ただ、私が拒んでいただけだったか。


「そうね。お願いするわ」


私の言葉に、嶌田はもう一度にっこり笑ってから前を向いた。
いつものように、ゆっくりと発進する車は、いつもとは違う道を走ってゆく。

 
全く知らない道ではない。
でも、例えばあの路肩に花壇があったこと、その先には小さなカフェがあったこと、そんなことすら私は見ていなかったらしい。

 
だから、いつもとは全く違う道を走っている気分だった。