「だったらもっと早く助けに来て欲しかった」


あの男みたいに、不快感しか私に与えない。


「もっと早く?」

「ここに来る途中にね、嵩村のところの跡継ぎに会って。付きまとってうるさいから、平手打ちしておいたわ。すっきりした」


思い出すだけでも気持ちが悪い、と思っていると兄が吹き出した。


「そうか。嵩村な。覚えておくよ。そういや、別の男には平手打ちしたか?」

「え……したわ」

「じゃあ、嵩村のときと同じで、すっきりしたか?」


笑っていた兄は、もう笑い声は挙げなかった。
私の隣で、じっと私の目を見つめてくる。

 
その意図がわかって、私は顔を背けた。
再び兄の手のひらが私の頭の上を優しく叩く。


「俺は、間違ってないみたいだな」


それだけ言って、暫く黙った。
夕日が差し込んで、無機質な部屋が綺麗なオレンジ色に染まっていた。

 
多分、もう少ししたら兄は実家に帰ってくるのだろう。
家を継ぐとはそういうことだ。
あの家に縛られて、束の間の自由すら奪われる。

 
鶴賀のトップに立つ、そんな重いものを兄は目指すことになる。


「大丈夫だ」


その言葉に兄を見ると、視線は棚の上にあるものに注がれている。


「辛くなったら、俺のところにくればいい。俺は、お前の兄だ」


小さな、写真立て。
兄が生まれたばかりの私を抱っこしている。