「涙を見せたぐらいで、安過ぎよ」

「違う違う」


反論した私の声は、兄の笑い声によって消された。


「大事なのはそこではなくて。嶌田がお前にハンカチを渡しただろう? それがな、返って来たことに感動したってさ。しかもアイロンまでかけて」


それは、確かに記憶に残っていたが。


「でも、私がかけたとは限らないでしょう」


そんなこともわからないの、ともう一度反論を試みると、兄は笑うのをやめて優しい表情だけを携えた。


「そんなの、どうでもいいんだよ。大事なのはそこじゃない。それにな、そんな複雑に考えなくていいんだ。もっと簡単に考えろ。人間なんて単純な生き物だ」


兄の言葉は、しっかりとしていて私の耳にすっと入ってくる。

悔しいけれど、こういうところはやはりあの家に生まれたからなのだろうか。
人を惹きつけ、なおしっかりと言葉を届けてくる。

 
それが、妙に気恥ずかしく感じた。


「本当、単純よ。そんなことで」

「そうだな。でも、ほら、身近にお前を見守ってくれる奴が他にもいただろう?」


そう言いながら、兄の手が私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
その言葉に、今日言われたことを思い出す。


 
貴方は、周りが全て敵だと思っているのですか。


それは、間違いがない。
そして間違えていることも知っていた。

 
信じられるのは家族のみ。
周りの人間なんて、敵も同然。

 
土足で入り込んできて、ろくなものも残してゆかない。