「勘違いしないで。取引がなくなって困るのは、貴方の会社でしょう?」


そう、私だって親の七光りの娘だ。

でもこの男みたいにプライドを捨てたつもりは、ない。


「それともそんなこともわからないお坊ちゃんだったかしら? 悪いけれどね、うちはそんな半端な覚悟で経営を行っているわけじゃないの。

尤も、あんな家、無くなるのならそれはそれで構わないんだけど」


馬鹿みたいに、低俗な言葉が出てくる。
それでもこの男には充分だったらしい。


覇気のかけらもなく、女の私にすら負けるような跡継ぎしかいないなんて、ご愁傷様だわ。



少し乱れていた髪をかき上げてから私は足を動かした。
もう、嵩村は追うどころか声すらかけてこない。

 
しばらく歩いたところで、口の中の気持ち悪さが限界に達し、私は吐き気を抑えつつ兄の部屋へと足を速めた。


 
なんとか辿りつき、インターフォンを鳴らしてから出てきた兄は、普段見せないぐらいに驚いた顔をしていた。
それでも何も言わなかった私を部屋に上げてくれる。

 
真っ先に、洗面台に向かった私を見て兄が何かを呟いたが、私には聞き取れなかった。
気持ちの悪かったものを全て吐き出して口をゆすぐ。

 

顔を上げたとき鏡に映った自分が、別人のように見えた。
言葉には出来ないが、昨日までの自分とは違って見える。

 
どこか、泣きそうな、崩れ落ちてしまいそうな、顔。