屈折カタルシス[短篇]

「明日、朝早いから。帰るわ」


立ち上がり、バスタオルを脱ぎ捨て服を着始める私に、兄はそうかと頷いた。


「生徒会長、ご苦労様」


他の人からそんな台詞を言われたらいい気はしない。
でもそれが兄だというだけで許せる。

 
いや、兄だからこそ許せるのだ。


 
濡れた髪のまま、鞄を持ち玄関へと向かう。
兄が見送りにくることはない。


それが如何に残酷なことか、よくわかっている。


「頑張れよ」


その一言だけを聞いて、私は外へと足を進めた。


 
エレベーターに乗りつつ、携帯電話で嶌田に連絡するとエントランスを出てすぐに車が目の前に停まった。
この早さならすぐ近くにいたのだろう。

 
いつものことだが、この男は何を思ってここまで忠実なのかがわからない。
兄との情事の最中を知っていて、どうしてここまで待っていられるのか。


 
いつも通りに開けられた後部座席に座り、ゆっくりと車は動き出す。

 
この車は、私の意向で無駄なものが一切無い。
あのまどろっこしい芳香剤も、大した効果のないクッションも。
嶌田は煙草を吸わない上に、毎日のようにこの車を掃除しているので、なんの匂いすらもしなかった。

 
いや、するとすれば嶌田の匂いなのだろうか。
なんにせよ、鶴賀家の持ち物で、鶴賀家の匂いがしないだけ快適な空間だった。