(風が冷たい。あぁ。そっか…もう10月も終わるのね。)


私は少し前まで、沢山の管に繋がれて何か月もの間、生死の堺を彷徨っていた。
死ぬはずだった。死んだと思った。

だけど今、病院の屋上で冷たい風を全身に浴び、生きている事を実感していた。

「アレ?君生きてるじゃん。」

誰もいなかったはずの屋上に、透き通った声が響いた。
私は、反射的に声がした方に目をやる。

夕日と重なり逆光でよく見えなかったが、風になびく夕日色に染まった髪と、アヒル唇で微笑む少年が屋上のフェンスに腰掛けていた。

「…危ないよ?」

私は、失礼な事を言われたのも忘れ、少年に声を掛ける。

「大丈夫。僕羽根があるし。」

そういって、少年はそれを証明するかの様に少し背の高いフェンスから、ふわりと私の横へ舞い降りた。

天使だと思った。

少年の言った通り、彼の背中には少し透けた白い羽根があり、華奢な手足と白い肌が、一層天使を連想させた。
少年の薄い黄土色の瞳に、私は釘付けになった。

「おかしいよね。君、今日死ぬ予定なのに…予定変わったのかなぁ。」

そういって少年は携帯を取り出し、何かを確認している。暫く携帯に目を落としていたが、顔を上げ確認するように私を見た。

「ほら。やっぱりそうだ。君、今日死ぬみたいだよ?」

「そっか…。それならそれで別にいいよ。」

死にたい願望がある訳ではないが、生きる意味が分からない私にとって、生死は重要では無かった。

「そう?じゃあ、行こうか。」

少年はそう言ってほほ笑むと、私を連れてふわりと浮き上がり、あっと言う間にフェンスを越えた。

「天使の羽根って…綺麗よね。」

何気なく言った私の一言に、少年の笑顔は冷やかな笑みに変わった。

「天使って誰が?」

そういって、私の手を放す。私は重力には逆らえず、コンクリートに叩き付けられた。
薄れる意識の中で、少年の声が響く。

「僕は悪魔だよ。言ったでしょ?君は今日死ぬんだ。自殺だよ。」

声の方へ目をやるが、もう何も見えなかった。

「安心して。僕が上までちゃんと連れて行ってあげる。」

私は静かに目を閉じた。大丈夫。また直ぐに会えるだろう。

少年が私の作り出した幻で無いのなら…