(傘…忘れたなぁ。それにコートも着て来ればよかった。)

そんな事を思う自分が笑えた。
きっと、もう必要ないだろう。


はらはらと舞い落ちるそれは、天使の羽根の様に思えた。

歩道の横に植えてある木々には、数えきれない程の光が付けられ、澄んだ空気のおかげで遠くまで繋がる光を見る事ができる。

天の川のようだと思った。


私は交差点にある、横断歩道の前に立ち、貴方と食べる為に買った苺のケーキの箱を右手に持ちながら、信号機に従い進んだり止まったりする車を眺めている。

長い間立っていたせいで爪先の感覚は無いに等しかった。

一度だけ、仲の良さそうな老夫婦に
「信号、変わりましたよ。」と、声をかけられたけれど私は微笑んで頭を下げただけだった。


私が待っているのは信号じゃない。

私が待っているのは…


ふいに強い光を感じ、私は顔を上げた。

荷物を沢山積んだトラックが、交差点を右折してきていた。

私は目を閉じ、小さなケーキの箱を両手で抱えて、前に進もうとする。

しかし、恐怖からか
爪先の感覚が無いからなのか、一歩が出なかった。

私の気など知らないトラックは、排気ガスを私に吹き掛けながら通過していった。


ほぅ、とため息をつき
私はまた次を待つ。

日が日なだけに、トラックの数はいつもよりだいぶ少なかった。

それでも、時折走って来るトラックに
一歩踏み出せず、何度も何度も見送ってしまう。

(次は必ず行こう。)


そう思いながら深呼吸をした。

キンとした空気が鼻から流れ込み、咳が出る。
その反動で、私の体に積もっていたモノがぱららと落ちた。


また、強い光を感じ私は顔を上げる。

そしてトラックを確認すると、目を閉じてケーキの箱を両手で抱えた。

進もうとするが、やっぱり一歩が出ない。

諦めて目を開けると、今迄とは違う感覚を覚えた。
まるでスポットライトが当たっている様だ。

スリップしたトラックが、運転手の意思を無視して、私の方に向かって来ていた。


ふいに笑みがこぼれる。

私はその光の中に吸い込まれ、そして意識は闇に消えた。





あぁ。

苺のケーキは
無事だったかしら。