「卓也!」

幸一はスリッパのまま、雨の降りしきる戸外に走り出る。
庭の木々や塀が、黒いシルエットになって何層もの闇を作り出している。

「卓也!」
幸一は目を凝らしながら、石段まで走っていく。

昼間草原の斜面は、一面の暗闇だった。
その向こう、坂の下には街の無数の灯りが、雨に打たれてぼやけて見える。

「卓也!」
幸一の声は、夜空と地面の間の広大な空間に、吸い込まれるように消えていく。


幸一は、14年前の同じ過ちを繰り返してしまったことに気づいた。

自分の本当に大切なものを、また、この広すぎる暗闇の中に落としてしまった。
また見つけられるか、何の保証もないのに。

幸一は、叫びにならない叫び声をあげ、地面に膝をついた。